血液型と聞くと、「A型・B型・O型・AB型」といった分類が思い浮かびますが、
実はその背景には複雑で精密な遺伝子の働きがあります。
遺伝子の話となると私は脳が思考停止して、暗記しようとしてしまいます、、ちゃんと理解を深めるために内容をまとめてみました。
ここでは、輸血検査でも重要となる ABO式・H式・Rh式血液型の遺伝子型と発現の仕組みを整理してみます。
1. 血液型を決める「遺伝子」と「酵素」の関係
血液型は「遺伝子→酵素→抗原」という一連の流れで生成されていきます。
染色体上には血液型を決める設計図(遺伝子)があり、その情報をもとに酵素やタンパク質が合成され、最終的に赤血球の表面に抗原が形成されます。
- ABO式血液型:糖鎖修飾を行う酵素(糖転移酵素)の違いで決まる
- Rh式血液型:赤血球膜に存在するタンパク質そのものの有無で決まる
- H式血液型:A・B抗原の「土台」となるH抗原の形成に関わる
これらが組み合わさって、私たちの血液型が形作られています。
2. ABO式血液型の遺伝と働き
ABO式血液型は、第9染色体長腕(9q34)に存在する ABO遺伝子 によって決まります。
この遺伝子には A・B・O の3種類の対立遺伝子があり、それぞれ作る酵素が異なります。
| 遺伝子型 | 酵素の種類 | 赤血球表面の抗原 | 表現型(血液型) |
|---|---|---|---|
| AA, AO | A型酵素(N-アセチルガラクトサミン転移酵素) | A抗原 | A型 |
| BB, BO | B型酵素(ガラクトース転移酵素) | B抗原 | B型 |
| AB | 両方の酵素 | A・B抗原 | AB型 |
| OO | 酵素が作られない | H抗原のまま | O型 |
◇AO、BOはなぜO型とならないのか?
⇒AやBの遺伝子は優性遺伝で、Oの遺伝子は劣性遺伝なので、優性遺伝のほうが強く特徴として引き継がれるため、AO→A型、BO→B型となる。
O型の人はA・B抗原がないわけではなく、H抗原という“前駆体”がそのまま残っている状態です。
3. H抗原を作るFUT遺伝子
ABO型の“土台”となるH抗原は、**FUT1遺伝子(19q13)**によって作られます。
FUT1がコードする フコース転移酵素 が糖鎖にフコースを付加し、これがH抗原となります。
もう一つの遺伝子、FUT2(Se遺伝子) は唾液腺や腸管などでH抗原を作り、
“分泌型”か“非分泌型”かを決めています。
| 遺伝子 | 働く場所 | 主な役割 |
|---|---|---|
| FUT1 | 赤血球・組織 | 赤血球上にH抗原を形成 |
| FUT2 | 唾液腺・血漿 | 唾液や体液中にH抗原を分泌 |
4. ボンベイ型とパラ・ボンベイ型
H抗原が欠損すると、AやBの抗原が付加できません。
その代表が ボンベイ型(Oh型) と パラ・ボンベイ型 です。
● ボンベイ型(Bombay, Oh型)
- FUT1とFUT2がともに機能しない(h/h, se/se)
- 赤血球にも唾液にもH抗原がまったく存在しない
- ABO遺伝子を持っていてもA・B抗原を作れず、血清中には抗Hが出現
- 通常のO型血でも溶血するため、Bombay型血のみ適合
● パラ・ボンベイ型(para-Bombay型)
- FUT1が非機能または弱機能(h/h)
- 赤血球のH抗原は非常に弱いか、検出困難
- ただし FUT2が働く分泌型(Se/−) の場合は、血漿中のH抗原が赤血球表面に吸着して微弱に検出される
- 非分泌型(se/se) では赤血球・唾液ともにH抗原がほとんどなく、抗Hが検出されることもある
| 型 | FUT1 | FUT2 | 赤血球H抗原 | 唾液H抗原 | 抗H抗体 |
|---|---|---|---|---|---|
| 通常型(H) | H/H or H/h | Se/− | あり | あり | − |
| ボンベイ型(Oh) | h/h | se/se | なし | なし | 強陽性 |
| パラ・ボンベイ(Secretor型) | h/h | Se/− | 微弱(吸着あり) | あり | 弱陽性または陰性 |
| パラ・ボンベイ(Non-secretor型) | h/h | se/se | 微弱またはなし | なし | 弱陽性〜陽性 |
このように、パラ・ボンベイ型は**「H抗原の弱表現型」**であり、完全欠損ではありません。
2023年の Soejima & Koda (Scientific Reports) による大規模解析でも、
「para-Bombay individuals can be either secretors or non-secretors depending on FUT2 genotype」
と明記されています。
5. Rh式血液型:膜タンパク質としての抗原
Rh式血液型は、ABOやH式とは異なり、糖鎖ではなく膜タンパク質そのものが抗原です。
1番染色体短腕(1p36)にある RHD・RHCE遺伝子 がそれぞれRhD・RhCEタンパク質を作ります。
RHD遺伝子が存在する人はRh陽性、欠損している人はRh陰性となります。
Rhタンパク質は赤血芽球の段階で
「転写 → 翻訳 → 小胞体で膜に埋め込み → ゴルジ体を経て膜表面へ輸送」
という経路を通り、赤血球膜の構造タンパク質として発現します。
6. 優性・劣性・共優性の関係
ABO血液型の遺伝は以下のような関係で成り立ちます。
| 遺伝子型 | 表現型 | 優性関係 |
|---|---|---|
| AO | A型 | AがOに対して優性 |
| BO | B型 | BがOに対して優性 |
| AB | AB型 | AとBが共優性(両方発現) |
| OO | O型 | Oは劣性 |
7. まとめ
- 血液型は遺伝子の働きによって作られる酵素やタンパク質の違いで決まる。
- ABO式は糖転移酵素の違い、H式はフコース転移酵素(FUT1/FUT2)、Rh式は膜タンパク質の構造差で決まる。
- パラ・ボンベイ型はFUT1の機能低下によるH抗原の弱表現型で、分泌型・非分泌型の両方が存在する。
血液型は単なる「A型・B型」の話ではなく、分子レベルでは遺伝子と酵素が織りなす精密な化学反応の結果です。
輸血の安全性を守るためには、こうした背景を理解することが何より大切です。
(参考文献)
- Soejima & Koda, Scientific Reports (2023)
- Michalewska et al., Transfusion (2018)
- Sun et al., Transfusion Medicine (2022)
- Yamamoto et al., Transfusion (2024)